どうもしゅんパパです。
現在2児のパパであり、元ホストという特殊な人です(笑)
東京で上の子が産まれてからすぐに沖縄へ
沖縄へ移住して生活し、2人目を授かりました。
最初は仕事をホストから変えて、育児に向き合う事が難しかったです。
現在では営業会社を独立し、法人化することが出来ました。
仕事と育児はまた違う難しさがあり、パパ目線でブログを書いてみようと思い立って始めてみました。
是非、最後まで読んでもらえると嬉しいです!
もし子どもが生まれたばかりの頃の自分に、今、声をかけられるとしたら

たぶんこう言うと思います。
「それ、“手伝ってる”だけで、背負ってはいないぞ」
当時の俺は、本気でやっているつもりでした。
自分なりに、どう育児に向き合えば良いかを考え、行動していました。
仕事から帰ってきて、頼まれたらオムツも替える。
お風呂にも入れる。
休日は子どもを抱っこして、ママを休ませている“つもり”だった。
でも今振り返ると、恥ずかしいですが、あれは育児じゃなくて補助作業でした。
「やってるつもり」だった理由

正直に言うと、俺は自分なりによく頑張っていると思っていました。
仕事もあるし、疲れている中でやっている。
それだけで「十分だろう」と、どこかで思っていた。
でもそれって、
育児を「手伝うもの」だと思っていたからなんですよね。
主担当はママ。
俺は空いたところを埋める係。
無意識のうちに、そんな役割分担を前提にしていました。
ママが背負っていたものを、見ていなかった

ママがしんどいのは、作業量だけじゃない。
今なら、はっきり分かります。
・子どもの体調を常に気にしている
・次のミルクや寝かしつけを考えている
・泣いた理由を探し続けている
・失敗したら全部自分のせいだと思っている
俺は、言われたことだけやって、
終わったらスマホを見ていました。
「ありがとう」と言われて満足して、
責任までは引き受けていなかった。
「手伝ってる」という言葉の違和感

あるとき、ふと気づきました。
自分が育児について話すとき、
「手伝う」という言葉を当たり前に使っていたことに。
冷静に考えると、おかしな話です。
自分の子どもなのに、なぜ“手伝う”なんだろう。
その言葉の裏には、
「主体は自分じゃない」という意識がありました。
悪気はなかったけど、
無責任ではあったと思います。
変わるきっかけは、小さな一言だった
劇的な出来事があったわけじゃありません。
ママが疲れた顔で言った一言でした。
「全部考えてから頼むの、結構しんどい」
その瞬間、胸に刺さりました。
俺は動いていたつもりで、
考えることを全部丸投げしていたんだと。
それから少しずつ、
「何する?」じゃなく
「次、何が必要そう?」と考えるようになりました。
正直、最初は全然当たりませんでした。
余計なことをして怒られたこともあります。
でも、考えること自体を放棄しなくなったのは、
自分の中では大きな変化でした。
今なら、あの頃の自分にこう言いたい

育児は、手伝いじゃない。
参加でもない。
当事者であることだと思います。
完璧にできなくてもいい。
判断を間違えてもいい。
でも、
「考える責任」から逃げるな。
それだけは、あの頃の自分に伝えたい。
ママへ、もしこれを読んでくれていたら
もしこの文章をママが読んでくれていたら、
一つだけ分かってほしいことがあります。
多くのパパは、
悪気なく、足りていません。
そして俺も、間違いなくその一人でした。
でも、
気づいたあとにどうするかで、
父親は少しずつ変われると思っています。
このブログは、
「できていない男が、逃げずに向き合う記録」です。
同じように悩んでいるパパにも、
少し疲れているママにも、
「こういう途中段階の男もいる」と伝わったら嬉しいです。

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